なぜ技術屋になったのか
こんにちは。Kiyotechです。
ブログを始めたものの何から書いたらいいのか…
多くの先輩ブロガーさんが悩まれたとおり、私も早速悩んでしまいました。
そして、やはり最初に今日に至った「退職までのこと」を簡単に書いておかなければと思ったのです。
私、公立の工業高校電気科を卒業後、中学校の社会科教員を目指して通信教育制の大学へ入学。
話は大学在学中から教員採用試験をクリアするまで、期間限定の就職先として地元X市役所の技術職員採用試験を受験し、合格したことに端を発します。
時期は昭和も終わりに差しかかった遠い昔。
先に書いたとおりいわば暫定的就職先として選んだX市役所でしたが、最初に配属されたところが下水処理場の電気設備を維持管理する部署だったこと。
これが私の人生設計を大いに狂わせてくれました。
初めて赴任先の下水処理場で私が見たもの、それは巨大な特高受電設備、何台も整然と並んだ高圧電動機、当時最先端の計装機器の数々と、工業高校の教科書でも見たことのない工作物たちが集まっていたのです。
その日以降、私の中で教員になる目標は徐々に薄れて行き、反対にX市役所の技術屋(電気技術職員)として生きていきたい、そんな願望が徐々に育っていきました。
程なくして、通信教育制大学の教職課程は自主返納?する有様となってしまい、その時は大学の担当職員さんから「Kiyotechさん、経済学部の単位だけは履修して無事卒業してくださいね。」と念を押されました。
そして、大学の方はなんとか7年かけて卒業できました。
そんな私が幾多の紆余曲折を経て技術士(電気電子部門)の資格を取り、X市役所をどのようにして定年直前まで勤め退職することができたのか。
これからは在職中のエピソードやその他の出来事についても随時お伝えしていきますので、どうぞお楽しみに。

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