現代の電力供給の基盤を築く
こんにちは。Kiyotechです。
今日は昭和初期(第二次世界大戦終戦まで)の日本国内の電力事情についてお話します。
昭和初期の日本では、電力供給はまだまだ発展途上で、特に都市部と地方部との間に大きな格差がありました。
現在では上下水道と並ぶライフラインとなっている電気は、その普及の途上でどのような歴史を辿ったのか。
個人的には大変興味のあることです。
都市部の電力供給
昭和初期の都市部では、電力供給は急速に発展しました。
特に、大都市では電灯や電車などの電力需要が高まり、電力供給のインフラが整備されました。
昭和元年には電力供給量が280万kWに達し、昭和3年には電灯普及率が87%となっています。
しかし、供給能力は需要に追いつかず、停電も頻発していたようです。
このため、電力会社は新たな発電所の建設や送電網の拡張に力を入れました。
また、電力供給の安定化を図るために、送電網の整備や発電所の効率化にも取り組みました。
昭和14年には火力発電34カ所、水力発電18カ所が整備されたとの記録が残っています。
これらの取り組みは、都市部の生活や産業の発展に大きく寄与しました。
しかし、電力供給の急速な発展は、電力資源の消費を増加させ、環境問題を引き起こす原因ともなりました。
ここで現れてきた問題は、現代の電力供給の課題として引き継がれています。
昭和初期の都市部の電力供給の歴史を理解することは、現代の電力供給の課題を理解する上で非常に重要です。
地方部の電力供給
一方、昭和初期の地方部では、電力供給はまだ十分ではありませんでした。
電力会社のサービスエリアは都市部に限定されていた感があり、地方部の多くは電力供給の恩恵を受けられなかったようです。
しかし、地方部でも電力需要は高まり、地元の企業や自治体が小規模な発電所を建設する動きも見られました。
昭和12年時点で町営電気を経営した自治体の数は23自治体となっており、また同年、村営電気を経営した自治体の数は65自治体を数えています。
ここでの取り組みは、地方部の電力供給の基盤を築く一方で、電力供給の地域間格差を縮小する役割も果たしました。
まだ時代的に地方は第一次産業が中心であり、民家での照明は油ランプやロウソクが主流で、そこに電気の需要が少なかったと推察されます。
発電技術の進歩
昭和初期の発電技術は、主に水力発電と石炭火力発電に依存していました。
水力発電は豊富な水資源を利用して電力を発生するため、環境負荷が低く、持続可能なエネルギー源として注目されました。
一方、石炭火力発電は大量の電力を一度に発生できるため、都市部の電力需要を満たすのに適していました。
しかし、これらの発電技術は環境問題を引き起こす可能性がありました。
特に、石炭火力発電は大量の二酸化炭素を排出し、地球温暖化の原因となっています。
これらの問題は、現代の発電技術の開発に影響を与え、再生可能エネルギーの利用や二酸化炭素排出量の削減に向けた取り組みを促進するものとなるでしょう。
戦後の発送電技術の変遷については、また別の機会に書いてみたいと思います。

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