こんにちは。Kiyotechです。
最近気になっている本に、渋沢元治著の「電界百話(1934年)」なるものが出てきました。
早速紐解いてみることに。
国立国会図書館にて
あることから「電線の離隔距離」について調べていたところ、渋沢元治という人物を知ることとなりました。
この方は、電気設備技術基準の前身である電気工作物規定の成り立ちに深く関わっておられ、斯界にあっては結構名の通ったお方のようです。
さて、渋沢氏の著した「電界百話(1934年)」は今では絶版となっているものの、国立国会図書館では個人送信サービスで閲覧可能であることを知り、早速読み始めてみました。
なお、国立国会図書館個人送信サービスには利用者登録(本登録)が必要で、簡易登録から本登録への移行は申請後5開館日前後を要するとのこと。
ただ、Kiyotechが本登録の申請を行った時期が立て込んでいたのか、およそ4週間ほどかかりました。
これから利用者登録される方は参考にして下さい。

早速閲覧
さて、逸る心を抑え、まずは目次から見てみました。
順番に見ていくと、冒頭述べた「電線の離隔距離」に関連するエピソードとして「猪苗代送電線の高さ」という話があったので、ここでその一部を紹介します。
「こゝにいふ猪苗代送電線とは現時の東京電燈会社の猪苗代第一送電線であつて、猪苗代第一第二の発電所等から田端の変電所まで送電してゐる十一萬五千ヴオルトの線である。
これは大正三年に完成したのであるが当時に於いては実に目覚ましい送電線で、猪苗代水力電気会社の建設にかゝり、可なり世人の注目を惹いたことである。(中略)
送電線の弛度をきめるに當つて、送電線と地表面上の最小距離を幾何にするかゞ問題となつた。當時特別高圧送電線に対する逓信省の規定では二十尺ときまつてゐた。ところが該会社の社長仙石博士は此の距離をきめるには、逓信省の規則といふことよりも兎に角十一萬五千ヴオルトといふ當時に於ては□時代的の施設であるから充分慎重に考慮せねばならぬとし、また此の線は福島縣白河方面から、栃木縣を過ぎ、伊讃美ヶ原附近などを通つてゐるので特に注意を払はれた。即ち此の辺では屢々陸軍の演習が行はれ前に陛下の行幸もあつた。仙石社長は若し行幸の際に畏多い事でもあつてはいけないといふので色々調査された。□薄の騎兵は槍を立てゝ持つて行くが之が送電線の下を通る時槍の穂先が感電しないよう、穂先と線とを少くとも約六尺位は離せといふことゝした。実際騎兵の持つ槍の高さが地上十六、七尺であつたから、それから六尺離して二十三尺として鉄塔の設計をしたという(以下略)」
※文中、仮名遣いは原文のまま、漢字の多くは常用漢字とし、判読不明の漢字は□としました。

これは興味深い!
以上、少々長くなりましたが、この本の雰囲気だけでもまずお伝えしようと引用した次第です。
上記の文で注目すべきは、当時の技術者が天皇陛下への畏敬の念から逓信省の規定にとらわれることなく、ただ「畏多い」との一心で独自の離隔距離を定めている点でしょう。
ここに、かつての日本の技術者の真骨頂を見る思いがします。
ともかく、目次だけ眺めてみても、実に興味深い本です。
次回以降もいくつかのエピソードを紹介したいと思います。

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