合格した年のこと
こんにちは。Kiyotechです。
明後日からいよいよ、第二次試験(筆記試験)ですね。
今回は、受験される皆さんへのエールを込めて、私の合格体験をお送りします。
勉強できなかった年
Kiyotechが初めて筆記試験に合格したのは、今から5年前の令和元年。
この年は春先からどうにも体調が悪く、週末になるとほとんど家でゴロゴロしている状態でした。
それまで、3年連続で第二次試験を受験してきた(そして不合格だった)私は、例年ゴールデンウィーク前頃から、土日は自宅の自室か近所の喫茶店に半日ほど籠もって、答案を書く練習やキーワードノートの再整理などに余念がありませんでした。
それが、この年に限ってほとんど勉強できなかったのです。
受験申込みをしておきながら、なんという有り様。

それでも試験会場へ
そして私は、ほとんど無勉強に近い状態で試験当日を迎えてしまいました。
その日は朝起きたものの、リビングでコーヒーを飲みながら、「あー、行かんとこうか…」などどつぶやいていたのです。
ところが、それを聞くや家内はすかさず、「ごちゃごちゃ言わんと、早う行っといで(要旨)!」と檄を飛ばすではないですか。
普段であれば、私がしんどいと言えば、「無理せんと、休んどき。」くらいの声を掛けてくれる連れ合いが、です。
結局、私は渋々家を出て試験会場へと向かったのでした。

書ける!
さて、午前の必須科目が始まり、問題を開くと人口減少に関する設問です。
(この年から、必須科目も従前の5肢択一式から記述式になりました)
これなら、以前に取り組んだ模擬試験の回答が応用できるではないか!
自分でも驚くほどスラスラと、午前3枚の答案を書き上げてしまいました。
そして午後、専門科目の問題Ⅱー1・Ⅱ−2・Ⅲ、すべてに目を通してびっくり。
仕事で培ってきた経験で書ける問題ばかりだったのです。
逸る心を抑え、問題用紙の余白に各問の骨子をまとめて、あとは一気に書き始めました。
そうすると書ける、書ける!
6枚の答案を、これでもかとばかりに難なく書き終えてしまったのです。
そして、結果は見事合格。
思えば、あのとき家内の叱咤がなければ、棄権のうえの不戦敗を喫していたことでしょう。
実に、このような勝利の結果もあるのです。
ですから、ここで再び申し上げます。 「戦わずして負けることなかれ!」

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[…] (このあたりの顛末は過去の記事に書いたとおりです) […]